映画の復活を夢見て

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東京のミニシアターで支配人をしていた千葉県出身の和田浩章さんと、島根県の益田市出身の妻更沙(さらさ)さん夫婦は2021年6月、映画館の復活に取り組むため千葉県から益田市へ引っ越してきた。

人口約67万人と全国で2番目に少ない島根県は東西230キロの細長い地形。県西部には映画館がない。益田市に住む人が映画を見に行くには、車や鉄道で2~3時間かけて県東部や他県へ足を運ばねばならない。住民は「コロナで県境を越えるのは難しいし、近くに映画館がないのはさみしい」という。

映画館復活プロジェクトの舞台となっている小野沢ビル=島根県益田市で2021年9月12日午後3時17分、萱原健一撮影
映画館復活プロジェクトの舞台となっている益田市小野沢ビル

益田市にもかつて08年8月まで、市の中心部に建つ総合レジャービル「小野沢ビル」の3階に「デジタルシアター益田中央」という映画館があった。夫婦はこの映画館の復活を目指して合同会社を設立、クラウドファンディングなどを通じて資金を集めている。

浩章さんが東京北区で支配人をしていたミニシアター「シネマ・チュプキ・タバタ」は日本初のユニバーサルシアターとしても知られる。目や耳の不自由な人のために上映作品すべてに音声ガイドと字幕を付けた。音声ガイドには、セリフ以外にも視覚的な情報を補うナレーションを吹き込む。その台本を作る講習会が2018年に開かれ、受講者にフリーライターの神田聖ら(せいら)さんがいた。神田さんは、デジタルシアター益田中央を経営していた小野沢興行の創業者のひ孫であり、神田さんが自己紹介で披露した実家の話を浩章さんが益田市出身である妻の更沙さんに伝えると、「オノザワ? 知ってるよ。そこで『タイタニック』を見た。子どもの頃から通った映画館!」との反応が返ってきたという。何という偶然。神田さんと交流を続けていた浩章さんは20年3月、激務が続いていたミニシアターを退職した。将来を模索していた浩章さんは神田さんに連絡して小野沢ビル関係者を紹介してもらった。ビルは16年12月に売却され、現オーナーがホテルやボウリング場などとして営業していたが、映画館のスクリーンや座席はそのままになっていたため夫婦は20年10月に10年以上時間が止まっていた場に新たな命を吹き込もうと、映画館復活プロジェクトを決意した。

益田市
益田市

浩章さんには「自分が映画に救われてきたから、映画で誰かを救いたい」との信念があるという。 子どもの頃は病気がちで入退院を繰り返し、いじめに遭って「社会を恨んだ」という。小中学校時代は映画が友で、レンタル店で片っ端からビデオやDVDを借り、その中に李相日(リサンイル)監督の「スクラップ・ヘブン」があった。閉塞(へいそく)状況から抜け出そうともがく主人公たちが復讐(ふくしゅう)請負のゲームを始め、人の「恨み」を晴らしていくが、想像力の欠如が悲劇を生むというストーリー。中学3年の時に見て、気持ちに変化が訪れた。「『恨む』が『つくる』に変わり、自分をいじめた人たちを許そうと思ったという。

 一方の更沙さんは、大学進学を機に東京へ。卒業後は大学に残ってボランティアコーディネーターになり、学生のボランティア活動を支援していた。ただ益田に帰省するたび、老舗旅館が廃業するなど地元の変容、衰退が気になった。14年、学生と視覚障害者が一緒に映画を楽しむイベントに携わり、映画が人と人をつなぐ力を持つことに驚いた。

夫婦が目指す映画館は、障害を持つ人や子連れの人も安心して通えるミニシアター。ヒット作品だけでなく、マイナーなアート系作品やドキュメンタリーも上映したいという。新型コロナウイルス対策で空調など設備の一部は新調する必要があり、総額で2000万円以上の費用がかかる。資金はまだ目標額に届かないものの、ビルのオーナーも映画館の復活を了承している。新生映画館は「Shimane Cinema ONOZAWA(シマネ シネマ オノザワ)」と名付けた。ロゴには「復活」の思いを込めて「不死鳥」を描く。

1982年ごろに撮影されたデジタルシアター益田中央(当時の名称は中央劇場)の入場券売り場=「小野沢興行五十年史」より
1982年ごろに撮影されたデジタルシアター益田中央(当時の名称は中央劇場)の入場券売り場=「小野沢興行五十年史」より

 今、町の映画館が置かれた状況は厳しい。日本映画製作者連盟の統計によると、全国の映画館のスクリーン数は1960年の7457をピークに93年には1734と1/4に減少。その後、流行りの1カ所に5スクリーン以上を備えるシネコンの進出で増加に転じたが20年には全体(3616)の9割近くをシネコンが占め、既存の映画館は激減しているという。そうした情勢にも、夫婦は「日本一面白い映画館をつくりたい。人生を懸けた挑戦」と意気込む。

そんな夫婦のひたむきさは仲間も生む。神田さんは東京生まれだが子どもの頃に益田市をたびたび訪れ、デジタルシアター益田中央で映画を鑑賞した思い出がある。その影響もあって映写室で働いた時期もあるなど、10~20代は映画漬けの日々を送られたという。「信頼できる和田君に映画館を託せて幸運。東京でも音声ガイドを作る手伝いはできる。ぜひ携わりたい」と語る。神田さんの伯父で小野沢興行の元社長、小野沢勝明さんは「和田さんたちはファンの輪を広げつつある。今の若い人のやり方だ」とエールを送り、小野沢ビルの現オーナーである益田開発プロジェクトの野見山次郎社長は「映画館復活が地域おこしの起爆剤になれば」と期待を寄せる。(参照;毎日新聞の記事です)

Shinema Cinema Onozawaは22年1月に開場したのですね。

200座席もあって素敵ですね。                            劇場案内 | Shimane Cinema ONOZAWA (onozawacinema.com)                            

是非、益田の近くの人のみならず、島根県や近隣の人たちも映画の良さを知っていただきたい。今は地方再生がとても大事な時期であると思うし、映画のみならず、ほかの分野でも街おこしをして益田を全国的に広めてほしいですね。またこういう街をあちこちに作ってほしいですね。                                       私も映画が大好きで、学生のころからかつての映画雑誌なども買って、古い映画をやっている映画館を探しては見に行っています。好きな映画は「わが青春のフローレンス」とか「ドクトルジバゴ」などが好きです。

また,「people」として、新しい曲「優しさなんて」をyoutubeに加えましたので、いい曲ですから是非聴いてください。 

優しさなんて – YouTube

1月, 2022 / つらい苦しい時に聴きたい心に沁みる曲・音楽、哀しみ切なさ優しさを唄う – Page 7 (sutekinapeople.com)