peopleです。
西日本新聞に
1センチにも満たない小さな体で、一歩また一歩。幾多の危険も顧みず、なぜ、子ガエルたちは山を登るのか―。福岡県太宰府市と筑紫野市にまたがる宝満山(829メートル)。毎年5月半ばから6月下旬にかけ、ふもとの池で生まれたヒキガエルの子どもたちが、頂を目指して一斉に歩みだすことを神秘的な営みと紹介している。
5月12日。「宝満山南西側のふもとの池の岸辺が真っ黒に染まっていた。数万匹のヒキガエルの子どもの群れである。時折強く降る雨のなか、まるで示し合わせたかのように一斉に上陸を始めた。山頂までの標高差は実に600メートル以上。40日以上をかけた過酷な旅の始まりだ。」
この小さな体のどこに、自然の摂理を感じ取る知恵があるのか?子ガエルたちの旅立ちを無事見届けた佐賀大名誉教授は「なぜ登るか、カエルに聞かないと分からない」という。この方が国内外の事例や論文を調べてみたが、子ガエルの“登山”は、ここ以外では確認されていないという。
仮説はあるという。ヒキガエルが嗅覚を持ち、生まれた池に戻る習性があることが証明された研究があり、同様に宝満山の子ガエルも、登山者らに付いたある種の“におい”を追って、山を登っているのではないか。この方によると、カエルの多くは、分かれ道や新しい登山道がある場合、人通りの多い方を選ぶ傾向があるという。
「嗅覚だけでは説明できない。地磁気など複合的な要因も関係しているのではないか」と推測する方もおられるという。地球の磁場を感じ取って長距離を飛行する渡り鳥のように、子ガエルもそうした能力を備え、山を登っているのではないか?「子ガエルの移動が宝満山のように長距離に渡って観察できるのは非常にめずらしい。人々に愛されている山だからこそ、発見され、注目を集める現象になった」らしい。
子ガエルの旅路は、厳しい試練の連続だそうだ。容赦なく降り注ぐ太陽は、皮膚の乾燥を招く。蛇のヤマカガシ、肉食性昆虫のオサムシなどの天敵、林道を走る自動車も脅威になるという。1匹のヒキガエルは約6千~1万5千個の卵を産むが、3年後まで生き残る確率は千分の1という。なぜ山頂を目指すのか。山頂からどこに向かい、どのような暮らしを送るのか。いまだその生態の多くが謎に包まれているという。ある方が語ったようにカエルたちの生への執着に感心させられる。小さな体で一生懸命登る姿は尊いものだという。
振り返ってみると、人間の世界も似たような世界かもしれない。ほとんどの人間が歯を食いしばって山を登っていく。でも途中、数えきれない試練の中で崩れていくものもいるし、試練の中で運命を引きずり込むものもいる。恐らく子ガエルよりも知識のある人間はもっと多くのことに悩み、そして苦しむのであろう。長い人生をどうやって乗り越えていこうかなんて考えはしないだろうけど、それでも日々、毎日苦しんでいくのだろう。