下に載せた2つの投稿は12月に読売新聞に掲載された高校生の投稿です。
読んで思ったことは、正直、高校生あたりは「少子化」の問題は、将来の不確定要素と考えているだろうと、それと高校生が少子化に関して意見を言う記事を殆ど目にしていないので、あまり関心を持っていないかと思っていたが、この新聞への投稿を見ていると、真剣に考えている人も結構いるのかなと考えてしまう。

◇産み育てやすい環境作り…2年 17歳
『政治の優先課題は少子高齢化への対応である。未来の日本を担う子供たちが少なくなると、経済、政治、文化など様々な分野に影響が出ると思うからだ。
夏休みに祖父母の家に行った時、その地域の中学校が廃校になったと聞いた。周囲の住民はほとんどが高齢者であることを知り驚いた。少子高齢化が身近なところまで迫ってきており、一刻も早く解決する必要があると感じた。
私は、少子化を改善することは可能だと考えている。現在、子供の数が減っている理由は、制度の不備や設備の不足、子供を持つ母親の立場の弱さなどが挙げられる。これらの問題を時間が解決するのを待つのではなく、子供を産みやすく育てやすい環境作りに、積極的に取り組んでいくことが重要である。』

◇少子化対策 大々的に…2年 16
『少子化対策が政治の優先課題である。少子化は、現在及びこれからの日本における多くの課題に深く関わっているからだ。
地方や郊外の過疎化、社会保障の負担増、外国人受け入れに伴う諸問題など、少子化が原因の一端である課題を数えたらきりがない。「若い世代が将来もらえる年金は少なくなるか」「高齢者を支える若者の負担は増えるか」といった議論をニュースや新聞で見聞きするたびに、将来への不安は増す一方だ。
私は、こういった不安を自分より下の世代に感じてほしくない。今こそ、子供の数を増やす取り組みを大々的に始めるべきではないだろうか。
少子化対策はすぐに効果が出るものではない。しかしそのようなことを言っていたら、いつまでたっても状況は変わらない。』


90年代以降に生まれた人たちは、携帯世代ではなく、小学生のころから手にしたのはいきなりスマホだったんですね。学校でもパソコンが取り入れられ、ずっと画面を見ている習慣が付いたのもうなずけるような気がします。この人たちはスマホが普及したのと同時に#コロナの影響 を受けて長い間、#登校に支障をきたした 小学校、中学校時代を過ごしています。しかもバブルも弾けて失われた30年という経済状況の中で育ってきているので、我々とは根本的に違った子供時代を過ごしてきたことを理解しなければいけないのでしょう。
前にも触れたが、そういうZ世代を中心とした若い世代の考え方の特徴は、不確実な結果しか見えないようなものへ努力をするということは得てして好まない、従って#効率主義の考え方 をしがちで、自分の好きなもの(映え、推し)には拘って大事にする。話し合いの場では自分の主張を押し通すのではなく、周りの人との調和も考えて反対の意見をも気にするという優しさも持ち合わせているという。ただし、結論が曖昧ではっきりしないことに対しては苛立つこともありがちのようです。
そして、「社会課題」ということも常に意識し、#SDGS,ボランティア活動 などの何らかの行動を起こしている人の割合も多いということで、そのことを考えれば、上記のお二人の高校生の投稿もごく自然なものかもしれないですね。
ここ最近、問題になっているのは、その世代の人たちが就職した後、#早期退職が多い ということが上げられている。僅か3か月で退職してしまう人も多いと話題になった。確かに今年あたりは新入社員の給与が見直されて上げられた結果、離職率は従来より下回っているようであるが、相変わらず高止まりの状況は変わっていないという。
就職後に長く勤続を志向する人は仕事に何を求めているかというと大きな特徴として、「チーム一丸みんなで取り組む仕事」「#楽しく、やりがいのある仕事 」、「 自分が成長できる仕事 」などを重視しているとのことであり、逆に離職を考えている人が求める仕事は「給与が上がる仕事」「自身のペースでやり切れる仕事」と回答する割合が高いと言われている。

今の若者世代より前の世代まではずっと大多数が「仕事の内容よりも業績のいい、安定した企業」というのが職業選択理由の第一位で、退職を考える人間も少なかったのであろう。勿論、就職状況も厳しかったということもある。今の若者は「就社」より「就職」意識が強く、職務へのこだわりも強く、仕事のイメージが理想と違っていればある程度、簡単に辞めてしまう人も多いと言われる。そういう若い社員の特徴の1つとして「#恵まれた環境を当たり前と思う感覚の世代 」と指摘し言い切る人も居られるようです。ただそれもこういう特殊な時代を経た結果であり、考え方によっては何も考えていなかった、以前の就職への取組よりも真実を現わしているのかもしれないと考えてしまう。
確かに自分たちの頃は長く勤めて当たり前、方向性はあったかもしれないが、恐らく仕事への細かいこだわりを持っていた比率はそれほど大きくはなかったと思う。自分にはその仕事がアンマッチと思われても、一度就職してしまったら、逆にその仕事に対して自分を合わせ、そのこと自体にはあまり疑問を持つこともなかっただろうし、文句も言わない、そんな時代だったのでしょう。取り敢えず安定していることが大事であって、企業内でどううまく乗り切っていこうかを考えていた人が多かったように感じる。
だから、かつてはみんな頑張っていたんだから、今の若い人も少しは我慢して頑張っていかなければいけないなどとは決して言いたくはない。考えてみると今の若者が恵まれた環境とは思えないし、昔の「#当たり前の時代 」の方が若者にとっては生きやすい時代だったのかもしれない。ただ言えることは、自分に合わない企業であれば、辞めることも重要な選択肢ではあると思うが、辞めることが目的ではなく、#自分に合った生き方 を懸命になって模索することが重要なのではないかな。生きるということは自分の生きがいを見つけることであると思われるので、そのことに集中しなければならないのではないか。

