#ホテルカリフォルニア Hotel California

1977年に発表されたEaglesの普及の名作と言われる「ホテルカリフォルニア」は今もって、多くの地域、世代に熱狂的に支持され、あのサザンもyouyubeで演奏し流している。
作詞、作曲は#ドン・フェルダー、#ドン・ヘンリー、グレン・フライと言われる。
50年も前に発表されて、今なおこれほど世界中に愛され、演奏されている曲は珍しいと思う。
自分自身もかなり虜になってしまい、ほぼ毎日この曲(1977年のメリーランド州ランドーバーのキャピタル・センターでのライブvideo)を聴いているが、全く飽きないし、今もって最高に素晴らしい楽曲と感じざるを得ない。
グラミー賞を受賞しているが、授賞式には誰も出席せずにイーグルスの受賞が決まったとき、司会者のアンディ・ウィリアムスは壇上で置き去りにされてしまったという伝説的なエピソードがあったという。

この曲を知った時、まず心に響いたのは前半部分のドン・ヘンリーがドラムを叩きながら唄う歌詞の内容の不可思議さと歌に合ったその独特な声の素晴らしさ、後半部分のDon FelderとJoe Walshの掛け合いのような美しいギター演奏の素晴らしい絡みに圧倒されてしまったことであった。
この曲の歌詞に対する評価や解説については、諸処多くの方たちが述べられていて、どこまでが正しいのかは判明しない。

ある人の解説では『歌詞はただのアメリカン・ドリーム批判ではなく、物質的成功や快楽依存からの逃れられない迷宮、心の奥底に潜む狂気と閉塞感を描いている。ティファニーやメルセデス、ピンクシャンパンといった消費シンボルは、歪んだ欲望の檻を形作る装置。天井を覆う鏡は現実と幻想の境界を曖昧にし、鋼のナイフで獣を貫こうとしても殺せないシーンは、内なる恐怖を断ち切れない絶望を示す。キャプテンの「このホテルはチェックアウトはできるが去ることはできない」の触りは、一度味わった快楽や依存の牢獄からは脱出不可能という警句。「ホテル・カリフォルニア」がただのリゾートではなく、人間の普遍的な迷宮を象徴する比喩であることを鮮明に伝えている』と語っている。

ただし作者のDon Henleyは、世に出回っている「ホテルカリフォルニア」の解釈の中には、行き過ぎた憶測によるものがあると度々示唆しているとのことであり、
語った曲の意味するところは下の3つがテーマになっているようである
アメリカの文化の節操のないところと、メンバーが知っているある女の子たちについての曲を描いていて、芸術と商業の危ういバランスについての曲でもあり、未熟な状態から成熟した状態へ変容していく道のりについて歌った曲であるとも語っている。また、よくこの曲に対しては麻薬を意味していると言われる詩の最初に出てくるコリータス(colitas)は砂漠に生息している植物のことであり、一般的なカリフォルニアのイメージがベースになっていると説明している。少し掘り下げてみると、
1.1960年代後半のヒッピー運動
「1960年代後半のヒッピー運動」
愛と平和、薬物・ドラッグ、自然、不特定多数との自由な肉体的交渉など、既存の道徳や                                                  文化に対抗する革命的な運動を繰り広げた
1969年8月15日から3日間ニューヨーク州サリバンで開催された野外コンサート「ウッドストック・フェスティバル(Woodstock Music and Art Festival)」。ヒッピーや若者ら約40万人が集った。
1969年12月にカリフォルニア州オルタモントで開催された無料のロックフェスティバル「ウッドストック・ウェスト」。正式名称は「オルタモント・フリーコンサート」。 ローリング・ストーンズ主催の無料コンサートで、こちらもヒッピーら若者が集結し、集客人数は20万人から50万人とも言われている。
2.快楽主義・ブランド志向の拝金主義
奔放で高級ブランド好きな女性が増えてきたという時代背景
3.1970年代以降のコーポレイト・ロック(産業ロック)
派手なライブや強いコマーシャル性を特徴とした商業主義的なスタジアム・ロックの台頭に                         感じるところがあったのだろうと言う。

歌の中のミステリアルな部分
「1969年以来、ワインは一切置いてありません」
1969年はイーグルス結成の頃で、同時にアメリカ社会では、ベトナム戦争やヒッピー・カルチャーの終焉が始まった年。以降、「本来の情熱や自由な精神」が失われていったという歴史的背景へのほのめかしとも解釈でき。表面は「お酒が古い在庫切れで出せない」というジョークを裏では「かつてあった熱狂や純粋なスピリット(魂・気風)がここにはもう存在しない」という深い警句を含んでいると言う。
“livin’ it up” は、本来「羽目を外して楽しむ」「思い切り遊ぶ」という意味言い回しで、単にパーティーを楽しむというより、「いつまでも続くお祭り騒ぎ」を暗示。“prisoners here of our own device” は「自分たち自身で仕掛けた装置の囚人」という意味を持ちます。ここでの device には単なる「装置」を超えて、「巧妙に仕組まれた罠」や「策略」といったニュアンスが込められていると言われており、歌詞全体を貫く自己責任の逆説を示しています。言い換えれば、このホテルの豪華な装飾や甘美な宴、幻惑的な鏡の天井などはすべて「自らが創り上げた迷宮のパーツ」であり、そこで踊り続ける者は他者に囚われたわけではなく、むしろ自ら作り出した依存構造にがんじがらめにされているということだという。従来の「囚われの身」という訳ではなく、本来の「自作自演の罠から逃れられない」という意味合いが強いという。「自分が仕掛けた檻の囚人」と訳すことで、「この豪華な場所は自分自身の欲望が作り出した牢獄である」という強い警句を聴く者に突きつけることができるという。曲の終盤、夜警長が「チェックアウトできても去ることは許されない」と告げる場面では、自ら仕組んだ地獄から脱出しようともがく哀しみが一層際立ち、歌詞の不気味で閉塞的な世界観をより深く感じ取ることができる背後には出口のない永続的祝祭の不気味さが潜んでいる。「そこから逃げられない」という強迫観念に裏打ちされて「チェックアウトはできるが去ることは許されない」と結びつく。

Hotel California

Written by Don Henley, Don Felder & Glenn Frey

On a dark desert highway
Cool wind in my hair
Warm smell of colitas
Rising up through the air
Up ahead in the distance
I saw a shimmering light
My head grew heavy and my sight grew dim
I had to stop for the night

There she stood in the doorway
I heard the mission bell
And I was thinking to myself
“This could be Heaven or this could be Hell”

Then she lit up a candle
And she showed me the way
There were voices down the corridor
I thought I heard them say

“Welcome to the Hotel California
Such a lovely place (Such a lovely place)
Such a lovely face
Plenty of room at the Hotel California
Any time of year (Any time of year)
You can find it here”

Her mind is Tiffany-twisted
She got the Mercedes Benz
She got a lot of pretty, pretty boys
She calls friends
How they dance in the courtyard
Sweet summer sweat
Some dance to remember
Some dance to forget

So I called up the Captain
“Please bring me my wine”
He said, “We haven’t had that spirit here since 1969″

And still those voices are calling from far away
Wake you up in the middle of the night
Just to hear them say

Welcome to the Hotel California
Such a lovely place (Such a lovely place)
Such a lovely face

They living it up at the Hotel California
What a nice surprise (what a nice surprise)
Bring your alibis”

Mirrors on the ceiling
The pink champagne on ice
And she said: “We are all just prisoners here
Of our own device”

And in the master’s chambers
They gathered for the feast
They stab it with their steely knives
But they just can’t kill the beast

Last thing I remember, I was
Running for the door

I had to find the passage back
To the place I was before
“Relax,” said the night man
“We are programmed to receive
You can check out any time you like
But you can never leave!”

暗い砂漠のハイウェイ
涼しげな風が髪をなびかせる
コリタスの心地よい匂いが
あたりに立ち込める。
はるか遠くに、かすかな光が見える
僕の頭は重く、視界は霞む
今夜はもう休もう

戸口に女が立っていた
礼拝の鐘の音が聴こえて
僕は自問自答したんだ
「ここは天国か、それとも地獄か」

女がロウソクに火を灯し、
僕を案内した
廊下を進むと声がした
この声はこんな風に言っていた

「ホテル・カリフォルニアへ ようこそ
とても素敵なところです(とても素敵なところ)
とても素敵な外観
ホテル・カリフォルニアは部屋を十分ご用意して
いつだって(いつだって)
あなたの訪れを待っています」

彼女はティファニーみたいにねじれた心
彼女はベンツみたいに魅惑的なくびれ
彼女にはたくさんの素敵な彼氏達、
彼女はみんな友達だと言うけれど
中庭では、甘い夏の湿り気をまとって、
踊っている
思い出す為に踊る者や、忘れる為に踊る者

「ワインが欲しいんだ」
給仕長に僕が告げると
彼は言った「1969年から、その手のお酒は置いていないんです」

遠くから、その声はまだ聞こえて
真夜中に目を覚まさせる
聴こえてくるのさ

「ホテル・カリフォルニアへ ようこそ
とても素敵なところです(とても素敵なところ)
とても素敵な外観

みんなホテル・カリフォルニアで楽しく過ごしている
アリバイを用意して、
素敵なサプライズを(素敵なサプライズ)」

天井に敷かれた鏡、
氷の上にピンクのシャンパン
彼女は言った「私たちは皆、自分の企てに囚われた、
ただの囚人」

主人の部屋では
人々が宴に集まり
鋭いナイフを突き刺すけれど
獣を殺すことはできない

最後に覚えている事は、
僕はドアに向かって駆けていた

元の世界へ帰る出口を
見つけなければ
「落ち着きなさい」夜警が言った
「私たちはおもてなしするよう指示されています。
いつでもチェックアウトできますが、
ここを去る事はできません!」

歌詞は、ただのアメリカン・ドリーム批判ではなく、物質的成功や快楽依存からの逃れられない迷宮、心の奥底に潜む狂気と閉塞感を描いている。ティファニーやメルセデス、ピンクシャンパンといった消費シンボルは、一見ポジティブに見えるが、歪んだ欲望の檻を形作る装置。天井を覆う鏡は現実と幻想の境界を曖昧にし、鋼のナイフで獣を貫こうとしても殺せないシーンは、内なる恐怖を断ち切れない絶望を示します。キャプテンの「チェックアウトはできるが去ることはできない」は、一度味わった快楽や依存の牢獄からは脱出不可能という警句。「ホテル・カリフォルニア」がただのリゾートではなく、人間の普遍的な迷宮を象徴する比喩であることを鮮明に伝えている。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です