#クマ出没 が世の中の話題になっている中で、大阪府豊能町にある#高代(こうだい)寺 でオスのツキノワグマ「とよ」(推定15歳)が飼育されているのが新聞に載っていましたね。2014年6月にイノシシ用のわなにかかっているのを発見され、近くに民家があるため、そのまま放すことはできず、動物園からも受入れを断られ、殺処分の話が持ち上がったが、自然保護団体「日本熊森協会」が依頼し、同寺の福永耕秀住職らが、命を終えるまで世話をする「終生飼育」を受け入れたとのこと。

餌代は協会が寄付で工面し、ボランティアが世話をして、地域の子どもたちだけでなく遠方からも見学に訪れているとのこと。高代寺福永住職は「命を学ぶ場になっていれば、うれしい」と言われているとのこと。
終生飼育はとても珍しいケースだそうで、環境省の統計では捕獲されたクマの数は25年度は4~11月だけで1万2659頭に上り、再び山に放されたのは111頭で99%は殺処分となっったとのこと。
慶應義塾大学先端生命科学研究所鵜野レイナ博士研究員の記事、ご意見を参考にさせていただきました。
2025年のクマによる年間被害者数の正確値は出ていないが4~12月までで230件、死者13人が発表されている。とにかく昨年はクマの出現が大きな話題の1年で、これから先も対策が必要になる。多かれ少なかれ、毎年クマの人間生活区域への出没への対策が検討されていかなければならない問題。
クマに襲われて犠牲になられたり、大けがをされた方たち、またその家族の方々にとっては、本当に悲しく遺憾なことであり、言葉にならない出来事と言える。それが自分の家族に降りかかった不幸と考えてみるとよく理解できる。

一方で#クマの駆除 の問題を反対されている方もおられるのは事実。冒頭の大阪の高代寺の例は#人間とクマの共生 の本当にまれなケースであり、昨年のような人間とクマの危険な状況とは異質の問題ではある。人間との共生を考えるのであれば本気で考えなければならないであろう。
慶應義塾大学先端生命科学研究所鵜野レイナ博士研究員が言われるように、事故を限りなくゼロに近づけるためには徹底的に検証して事故の要因や共通パターンを見つけ出し、人間の側が知識と対応策を真剣に考えなければならないでしょう。なぜ、そのような行動をとるのかという「理由」を解明しなければならないと言われている。
鵜野さんのお話を参考にすると
例年、自宅の玄関先での事故が多く。玄関を出たところでクマに攻撃されるケースで、庭に餌となる柿や栗の木がある場合が多いという。また、林縁部や川に近い家の事故が多いのも特徴でクマはよく川や水路などを利用して山から下りてくるという。
多くの場合、事故は早朝に起こり、被害者の多くがご年配の方々。なぜか。都会よりも朝の早い、農家出身の方が外が暗くても仕事に向かってクマと遭遇する。雨や曇りなど夜明けが遅い日には、夜のうちに庭にやってきたクマと人間が鉢合わせし、不幸にも事故が起こってしまうことが多いとされる。こうした事故を回避するには、玄関を出る際に歌を歌うなど大きな声を出してから歩く(クマに逃げる隙を与える)といった工夫が効果的だという。また最近は農家に関わらず、都市部の住居の方まで出没するケースが多くなっているのが特徴。新聞配達の方などの被害も増えてきている。

テレビなど見ていると、#親子クマ が歩いている姿もよく映っている。一般的に親子クマは危険と言われており、我が子を守るために母グマが人間を襲うケースがある。クマは果物を盗み食いするため、捕獲用のワナの多くは果樹園に仕掛けられ、危険なのは、子グマだけがワナにかかった状態。ワナの周辺にいる母グマが、我が子を救おうとし、見回りの人間が来ると攻撃の意図を持った母グマに襲われる。こうした事故を避けるには、子グマの体重ではワナの扉が閉まらないようにするなどの工夫が有効であると鵜野さんは助言している。
また、「クマは暗い所に逃げ込む」という習性を使うことが有効だという。クマが納屋、土産物屋、学校の校舎など、建物の中に逃げ込み、被害が拡大することがある。人間が作った建物は、クマにとっては岩穴のように中が暗いので、身を隠せると判断するという。それを利用して出没の可能性のある所にはクマの逃げ道を作ってあげることも被害を減らす有効な手段ではないのだろうか。
動物行動の専門家以外にも猟師の方々は経験からいろいろな情報をお持ちだと思います。明らかに、年齢や性別によって生き物は行動が異なるでしょうし、なぜそのクマが被害を出したのか、なぜその土地を通過するのか。警察と協力して事故を細かく分析できれば、クマの事故はもっと減らせるであろうと言われています。
クマとの出会いや接触を避けるためには、クマを人間の住むエリアに寄せ付けないことも大切だという。人間の住むエリアである市街地に出没するクマに対しては、個人のみならず、行政も総合的に対策を打つ必要があるのは当然のことだと思う。クマの生息数が増え、生息地も拡大して、山間部や森林から離れた市街地での目撃例も多く、人的被害に繫がりそうな芽を摘むという意味からも、クマの市街地へのアクセスルートを解明することが必要なんでしょう。
クマがクルミなどを食べながら、河畔林を伝って山間部から市街地へやってくることが考えられているが、クマは自分の姿が丸見えになるような場所は居心地が悪いので藪に姿を隠しながら河川沿いに移動するという習性を生かして、クマが身を隠す場所を減らすため、川沿いの草刈りを徹底的に行うようなことも大きな作戦です。
クマは餌を求め、または実りの時期に備え、下見を兼ねて徘徊するので、その目的を断つための対策で「クマにとり、魅力のない集落づくり」とするために、例えば餌となる栗や柿の木の集落内における位置を特定し、極論では、伐採することも考えなければいけないでしょう。
市街地に出没するのは若い雄のクマが傾向的に多いようで、基本的には単独行動で、体の大きなオスのクマは他のクマにとって脅威だという。大型のオスが山間部のブナやドングリの森など餌が多く住みやすい場所を確保するので、若いクマは追い出されるように森からあぶれ、結果的に市街地へと向かいやすいという。山の実りが少ない年はこの傾向が顕著だそうです。多くの哺乳類と同様、クマのオスも近親交配を避ける手段として生まれた土地を離れる例が報告されているという。若いオスが結果的に市街地に向かうことは、哺乳類の生態に基づく行動の1つらしい。
地方では、人口減少や過疎化により野生動物の生息地と人間活動との境界線のせめぎあいが生じているが、最近は地方に限らず大都市圏でも同じようなことが起きている。
クマは日本国内で年間およそ2千頭が捕獲され、多くは有害駆除で、果樹園や民家周辺に出没するクマに対し、ハチミツやリンゴで誘引してワナで捕獲。ただし、ワナ自体が餌を使うため、結果的に集落へクマを呼び寄せる効果にもなてしまっている。母グマが捕獲されて子グマだけが生き残った場合も、(山の雄グマを避けて)集落周辺で生活することになり、里を中心とした生活圏を持つクマを増やすことに繫がる。ワナでの捕獲には上限を定めた管理が必要。
ワナでの捕獲、銃は「駆除作業」となるが作業としての駆除ではなく、その背景を理解しつつ保護・管理し、人間とクマが生活する場所が離れるような形にしていくのが理想ではあるが、国、地方自治体、住民が一体で考え合わせ、よく検討して共存できるのが理想の形だし、そういうことを本気で考えていくべきではないのかなと感じている。かつて北海道にいて、人間の手によって絶滅させられた#エゾオオカミ の二の舞になってほしくはない。過去から学び、地球に住む仲間として共存していく方法を探っていきたいですね。
本来はそもそもクマが人里に出にくいような対策を作ることが必要で、クマの生息する森林環境をちゃんと保全したりすることで、彼らと人間が棲み分けでき、互いが幸せに生きていけるはず。それこそが共存のあり方なのでしょうね
クマだって、人を襲おうと思って人里に出てきているわけではないので、ここまで大きな問題になっているのだから、国の問題として管理をしっかりやる義務があると思うし、しっかりとしたすみ分け管理さえやれば#人とクマの共存 は十分実現できるのではないのかなあ。こういった対策を実施している自治体(兵庫県、長野県、島根県)もすでにあると聞いていますが。



(北海道大学大学院獣医学研究科教授/北海道大学総合博物館 館長
坪田敏男様の資料より)

エゾオオカミ絶滅の悲劇 (坂東元旭山動物園長紹介の日経記事)
ほんの100年ほど前には旭山でもオオカミの遠吠えが聞こえていたのかもしれません。きっと父ケンと母マースのように命をつないでいたはずです。彼らを見ていると「なぜ最後の一頭まで。誰かが共に生きる折り合いをつけよう」と思わなかったのか、悔やまれてなりません。
ヒトは残酷な習性を持つ生き物、でも学習や反省、修正もできる生き物、ここ数年日本中で急激に野生動物との折り合いがつけられなくなってきました。今一度、過去に自分たちのしてきたことを真摯に受け止めなければいけないのではないでしょうか。同じことを繰り返さないために。
