#印旛沼のペリカン

久しぶりに印旛沼にペリカンを見に行った。
この#モモイロペリカン は何と30年もこの印旛沼に棲みついているとのこと。
漁師たちから「ガー君」と呼ばれているようで、舟の上をねぐらにし、漁に出る舟に寄り添うようにして生きてきたとのこと。どこかで飼われていて逃げ出したのか、今まで多くの方が調べたようだが分からないらしいですよ~
ガー君と仲良くなった漁師さんも“3代目”ということらしく、長ーい年月がここに流れてきたんですね。

ガー君は生きた魚しか食べないということで、漁がある時は一緒に舟に乗り、余った魚をもらっているようです。印旛沼名物の雑魚の佃煮の原料になるモツゴが大好きだということだけれど、モツゴが育つ5月・6月は禁漁期間でモツゴを取れないそうだが、ガー君のために特別に許可された網にかかった魚をあげているということで、地域ぐるみ、みんなで協力して可愛がっているようですね。

そんな#印旛沼の歴史 を見てみると江戸時代までさかのぼる。
江戸を洪水から守るため、徳川家康は利根川東遷に着手。(利根川東遷とは、今の江戸川のように東京湾に注いでいた利根川の流れを、銚子を出口とする川の流れに変えた大工事のこと)
これにより、利根川の上流から運ばれる土砂が利根川の新しい流域に堆積し、印旛浦と呼ばれ、入り江だった場所が独立して印旛沼となったそうですよ。

しかし、増水時には利根川の水が印旛沼に逆流し、洪水が頻繁に起きて周辺住民を苦しめたそうで、江戸時代には何回も印旛沼疎水路工事に手を付けたが、全て失敗。
昭和44年3月、印旛沼開発事業により、やっと治水対策が完了したということです。

印旛沼の周りにはサイクリングロードが走っています。このサイクリングロードはマラソンランナーには有名で、かつての#オリンピックメダリスト の有森裕子さん、高橋尚子さんなどが小出監督の元、佐倉市のクラブに所属していたころ練習していたランナーの聖地の場所で、#裕子コース 、#尚子コース などが今も残っている。そして昔から箱根駅伝などで頑張っている順天堂大学陸上部の練習場でもある。

ペリカンの寿命は飼育下で約30年と言われている。
周りの人は「終末期を迎えたペリカンはピンク色が抜けて真っ白くなるけど、ガー君はまだまだピンク色で大丈夫」だそうですよ。
元気なうちに見に行ってくださいね。


5年前にも印旛沼の風車の近くで2か月間逃げ出したヤギ「#崖の上のポニョ 」が評判になったけど、そのヤギも子供を産んで「草ぶえの丘」で人気者になっているそうです。
印旛沼の周りには噛みつき亀などの怖いものもいるけど、結構たくさんの生き物、植物があって、風光明媚な楽しいところですよ。季節もいいし遊びに行くにはいいところですよ。

people / 現代という時代の中での生き方・社会・音楽

*何もない
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