関西に暫く住んでいたことがある。東京で生まれたが、どちらかと言うと観光においては風光明媚な関西の方が惹かれますね。そのころは、よく関西から山口県までの#山陽地方 も訪ねたものだった。京都や大阪などは一番出掛けた場所ではありましたが。
#神戸 には数年住んでいた。#三宮 の近くの中山手という環境のいい場所だった。ただ横浜と同じように、海が近くてきつい坂が多いので、真夏の時期の登りの時などは結構しんどい思いもしたものだ。
住んでいたころはよく夕方など車で#六甲山の上 まで走って、頂上近くから『#百万ドルの夜景 』と言われる神戸の景色を眺めていた。香港の夜景も見たことがあるがまた若干、趣の違う夜景であった。
はるか昔、神戸は多くの外国人が住みついていた場所であり、確かに#異国情緒の漂う町並み であり、住んでいた中山手の近くには『#異人館 』と言われるその外国人の居住の跡が展示場という形で残っている。神戸北野には代表的な『#風見鶏の館 』をはじめとして約30棟の異人館が残っている。『異人館』巡りをして、かつての生活様式を見るのも楽しい。
またそこから坂を降りてみると、三宮から神戸駅の間は有名な長~いアーケード街が続いていて、お店の数も多くて飽きない場所です。また他とは違う神戸らしいお洒落な店が多いですよ。

(神戸異人館)
長いアーケードを抜けるとJR神戸駅があるが、その手前で左、海側へ曲がり、国道を渡るとハーバーランドという賑やかな場所に着く。前は何もない場所だったが今では『#モザイク 』というショッピングモールにはカフェ、レストランなどの他にたくさんの面白い店が並んでいて、結構長い時間、楽しく過ごせるところです。
#ハーバーランド から少し目を離すと、#メリケン波止場 が見えて、大きなホテルや#ポートタワー が見渡せます。また中華街も近くにあります。この辺りは夜景もすごくきれいですよ。



神戸を散策、一泊した後は途中、白鷺城と言われる国宝『姫路城』なども観光してから、岡山の倉敷に行ってみたい。この姫路城はやはり美しさ、スケールとも抜けています。
倉敷と言えば有名なのは『#白壁の蔵 』がずらりと並ぶ町並み。本当に白壁が多いですよ。
ここは戦国時代辺りから干拓が始まり、田畑が作られ、米どころとなった。江戸時代に幕府の直轄地として米の一大集積地となり、こういう土地を「#倉敷地 」というそうで、「倉敷」の名前の由来とのことです。豪商たちは江戸や明治のころの#天領時代 に米の売買を代官から委託され、大阪・堂島へ売りさばいていたという。
岡山で有名なのは『後楽園』。水戸の『偕楽園』、金沢の『兼六園』と並んで#日本三名園 の一つに数えられている美しい庭園。春・夏・秋にはライトアップされた「夜の後楽園」を散策できるし、幻想的な風景を堪能できる。また岡山は桃やマスカットなど果物、食べ物がおいしいところ。味噌カツもおいしいとの評判です。

(後楽園)
岡山から広島へ向かう間に海沿いの#レトロで風光明媚な港街 、尾道がある。ここは新幹線も停まる街。瀬戸内海を望む町で、とにかく坂が多いので有名なところです。坂と言ってもいろいろあり、厳しいところでは、「えー、えー」と思う小山と見間違うような坂もあった。
ちょっときついですが散歩をメインとする街で、#古民家カフェ なんかもあちこちに現れて、疲れをいやしてくれる。ゆっくりできる街ではあります。
「#しまなみ海道 」は徒歩、サイクリング、バスなどの手段がありますが、時間の問題もあるので周辺の島々の重なる景観を眺めるとか、また一方で尾道駅近くの海沿いでは街明かりが美しく素敵な夜景を味わえると言われています。

(尾道夜景)

広島ではまづ原爆ドームや厳島神社へ行きたいですね。
広島には学生時代から何回も訪れた記憶があります。『原爆ドーム』はいつ訪ねても、大きな衝撃を受けて性格が変わってしまうようだ。決して忘れてはならない人類の苦しみを誰もかれもが共通の意識として持ち、二度とあってはならないと後世に語り継いでいかなければいけない。ここは本当に何回訪れたか覚えてないくらい来たが、いつもその衝撃の大きさに厳島神社へ行くことも忘れて帰ってしまったくらいです。

(厳島神社の美しさと荘厳さ)
山口は遠く学生時代に行ったのが最後。記憶は残念ながら薄れている。
お薦めは秋芳洞、錦帯橋、萩、山口教会あたりになります。
かつて山口教会へ行った時は#ステンドグラスの素敵な教会 に本当に圧倒され、「こんな綺麗なステンドグラスがあるのか」との記憶が忘れずに残っていたが、悲しいことに数十年前に放火に遭って、今は近代的な教会に変わってしまったと聞いている。火災に遭ったと聞いた時はもう二度と見れないのだと本当に悲しかった。
(旧ザビエル教会のステンドグラスーもう二度と見れない・・・)


学生時代にあちらこちらの街の端の小さな川にコイが泳いでいることに気を引かれて訪ねた萩は、当時津和野とセットで訪ねた街。ただ、津和野は山口ではなく、島根県になるのですね。
萩の俗されていない素朴な街風景が今でも心に残っている。あの頃は夕方のお店が閉まってしまう時間が早いことに驚いた記憶がある。
萩は吉田松陰をはじめ明治維新につながる偉人を育てた城下町ですね。
山口は幕末の志士を数多く輩出した、いわば「#明治維新胎動の地 」。わずか1年余りの間に、久坂玄瑞、高杉晋作、伊藤博文、山県有朋など幕末の明治維新で活躍した多くの逸材を育てた#松下村塾 が有名です。

そしてその時に見た吉田松陰の辞世の句「親思ふ心にまさる親心 けふ(今日)の音づれ(訪れ)何ときくらん」という#松陰神社の石碑 の「処刑に遭う自分を親はどう思っているのか、その思いは自分が親を思う気持ちなどとても追いつかないほど大きい」という言葉がいつまでも、いつまでもこころに残ったまま忘れられない。東京の小伝馬町の処刑場で処刑された日に親に宛てた手紙に書した句だという。日比谷線小伝馬町駅の地下鉄の地上出口にもありますから、心深く見て下さい。
なつかしい山陰への旅の遠い思い出https://sutekinapeople.com/2025/12/page/2/
